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種の保存ってのは嘘らしい

「新潮新書:本当は怖い動物の子育て:著者 竹内久美子」
を読んで思ったことを少し。

動物の行動原理に“種の保存”というものがあると信じていたが、どうやらこれは違うらしい。

よく考えたら、ヒトも昔は水生動物だったのに、今は魚食って生きてる。魚を食うときに「同族(共食い)だから気が引ける」なんてことは全然ない。刺身旨い。
今のは極端すぎたかもしれないけど、他には例えば、動物園に「猿を見世物にするなんて酷い!数千万年前までは同じ生物だったんだよ!」なんて言うつもりない。

俺はヒトだし、隣の部屋に住んでいるのもヒト。スーパーでレジうってるのもヒト。生物としての分類上は同じヒトだけど、遺伝子は違っていて、その違いが幾重にも重なると、やがてヒト以外の生物になるかもしれない。分類上同じ猿だったのが、猿のままの奴とヒトになった奴とに分化していったように。

“種の保存”の“種”ってのは幅が広すぎていて、ずいぶんと乱暴な議論だったんだな。いずれ枝分かれするかもしれない異種の保存に協力するだなんておかしい。生物は個の遺伝子を多く残すために動くものなんだと思った。

何で“種の保存”なんて勘違いが起こったのか考えてみると、一人で居るよりも共同体を作ったほうが生きて行く上で有利だから、「共同体に貢献しましょう」っていう考えが生まれたんだろうな。“そして、それこそが行動原理である!”として誤認されていったんだろうな。

ここで、身近な諸々を振り返ってみると、やっぱり思うのは、男女間での男の嫉妬はみっともない。
まず、余裕があれば嫉妬なんてしない。自分磨きや求愛行動を怠った結果、どうしようも出来なくなったときに抱く感情が嫉妬だと思う。
より良い遺伝子を残すために動くなら、魅力のない男から女が離れて行くのは当たり前だ。その時、嫉妬まかせに女を責めるとか最悪だ。こういう奴等は真ん中の切り落としても種の保存(笑)に悪影響は出ないと思う。

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