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レビューとどう向き合うか

レビューとどう向き合うか?
最近、クロックルーラーというフリーゲームをプレイしまして、レビューしました。
少し辛口のレビューを書いたんですが、そのことがきっかけでレビューとの向き合い方に関して今の考えを言葉にまとめておこうと思ったので、一旦書いておきます。
長いので、面倒だったら下の方だけ読んでおけば大丈夫です。

 

レビューとの向き合い方というとフリゲ界隈では、まぁよく出される話題であったりもします。

 ・レビューを気にせず、自分の作りたいものを貫くべきか?
 ・レビュー内容に迎合し、皆に楽しまれる作品にすべきか?

上の二つの内のどちらがいいのか?
フリゲ関係の話題をさらってると、そんな感じで話してるのをたまに見かけます。

俺は上の二択では答えにくいと考えている。
上の二択に触れるなら、基本的には自分の作りたいものを作ればいい。趣味でやってるんだから。
ただ、自分の作りたいものってのは日々色んなものに影響を受けて変化していってる
映画や漫画を見たり、人と話したり、ゲームをプレイしたり…
そんなことでも少しずつ影響を受けて作りたいものは変化していっている。
その証拠に、考えてみて欲しい。
今あなたの作ろうとしている何かがあったとして、あなたなりに良いものにしたいと思っているとする。
あなたは何か考えをもって制作に取り掛かるが、その考えは生まれた時から持っていたものですか?
そんなわけないですよね。
何かの影響を受けながら育ててきた、あなたの価値観が「良いものとはこうだ」との考えを決定させるんですよね。
後で詳しく書きますが、レビューはあなたの価値観を成長させる絶好の機会です。

 

まず、レビューとの向き合い方を考えるうえで、なぜ人はレビューを気にしてしまうのかを考えます。
先にも言った通り、価値観に影響を与えるものは色々考えられる。
映画、漫画、ゲーム、人との会話、その他諸々…
その中でも、何故レビューは気にされ、よく話題に上がるのか?って思いますよね?

理由としては、恐らくジレンマです。
まず、辛口レビューは感情に働きかけやすいです。
細かい説明は端折るんだけども、人は共同生活をして生存率を何とか上げてきた長い歴史があります。
人から仲間はずれにされることは生存率を下げることにつながります。
もし、人から仲間外れにされたなら、それは死が迫っているということであり、死が迫っている状態で対策をとらないのは生物としてよろしくないので、警告として不快感を発生させる機能が備わっています。
これが寂しいとか悲しいとか孤独感とか、そういった感情の仕組みです。
レビューの話に戻しますが、辛口のレビューというのは滅茶苦茶かみ砕いていうなら「私はあなたの作った面白さに共感できません」というメッセージです。
なので、 仲間外れ→死の恐怖→負の感情 という段階を経て感情をよく刺激します。

では、仲間外れになりたくないからと言って相手に迎合すればいいのかというと、実は簡単には相手に迎合できない理由があります。
あなたはあなたの価値観に従って今まで生きている。
その価値観に従っていると、恐らくこの後も似たような環境で似たようなもの事の繰り返しを行う。
この価値観に従っている限り安定的に生きていくことが出来るため、安心できる。
もしあなたが「自分の価値観は間違っている」と認めようとするなら、あなたは今まであなたに安心を与えてくれていた自身の価値観を壊さなくてはならなくなる。
安心の元を壊すのだから、これにはとても強い恐怖が付きまとう。
辛口レビューは不の感情を起こしやすいが、だからと言って自身の価値観を壊すのはとても勇気が要ることであり、迎合するのも簡単ではない。
このジレンマが話題を呼ぶんでしょうね。

 

次に、レビューは成長の糧になり得るのか?を考えます。
その為にまず、価値観の形成の話。
例えばですが、俺はFF5が好きで、ジョブ、アビリティといったシステムを面白いと感じました。
恐らく、手軽に自由な編成を楽しめるのが自分にとって良かったんでしょう。
なので、そういう価値観を自分の中に落とし込みました。
何か作品に触れ、自分の解釈で自身の価値観に落とし込んだんですね。
自身の価値観に落とし込む作業がなければFF5で感じた面白さを再現したいと思った時に、FF5を模倣することでしかそれを成せません。
しかし、自身の解釈で自身の価値観に落とし込んでいれば「ではこういうジョブがあったらどうか?」「アビリティというシステムは装備にくっつけて考えられないか?」等々、FF5とは全く同じでない他のものが考えられるようになります。
今のはFF5だけ例に出しましたが、他のゲームや、普段の仕事や人間関係、そんなところからも影響を受け、自分の中に取り入れるべき価値を取捨選択し更新していっています。
こうやって価値観は成長します。

※面倒だったらここから下だけ読んでおけばOK
レビューの話に戻りますが、レビューは他人の価値観を言語化したものと考えてもいいでしょう。
相手には相手の価値観があって、その価値観を構成した背景があるはずです。
なので、レビューを貰ったなら、相手が何故そうレビューしたのかを調査し理解に努めるだけの価値がある場合が多いです。
もし、相手の価値観を理解できたなら、自分の価値観に落とし込んでも構わないでしょう。
その結果「こういうのも面白いね」と、面白さ作成に対する価値観が更新されたのなら、成長と言っていいと思います。
理解したうえで落とし込まなくても構いません。
そこは自分の優先したい価値と相談して判断すればいいです。
ただ、理解しないまま放置は勿体ない。
上気した通り、直接的に成長を促してくれるので、是非、理解に努めたいところ。
レビューとはそう向き合えばいいと考えています。

詰まるところが学びの材料ですかね。
学びの材料の内、映画や漫画等、一般に流布しているものは教科書的な教材。
考えて作りこまれたものが多いので間違ったことを学ぶことは少ない気がするが、ただし自作品へ還元するためにどう自身の価値観に落とし込むかはなかなか難しい。
自作品へのレビューは赤ペン先生の採点。
自作品に向かっての指摘なのでどこをどう直せばいいのか分かり易い。
ただし、この赤ペン先生は正規で雇われた講師でなくボランティアでやってくれてる近所のおばちゃんみたいなものと考えた方がいいでしょう。
なので、指摘されている内容は自身での精査が必要。そんなイメージです。

あと、中ほどで述べた通り、レビューは感情を刺激しやすいので、精神面にもお気を付けください。
くらいですかね。

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