天命を知る?
デバッグ疲れた。
かといって制作以外のことをやる気にもならないのでちょっと制作関連のブログでも書こう。
ゲームを作るならこうでありたいよな、という考えをまとめておこうと思う。
最近思ってることをつらつら~っと書いて行くね。
見にくかったらごめんよ。
- 大事なものの順番
- 目的に愚直になる
- 自己理解の段階
- 自己理解を深めるために
大事なものの順番
これはゲーム制作に限った話じゃないけど、気持ち、考え方、知識や技術、この順番だね。
ゲーム制作も例に漏れずそうだね。
内側から湧き出る熱意が一番大事。
目的に愚直になる
何を目的にしてもいいんだけど、本当にそれを成したいなら愚直な方が成功率は上がるよね。
仮に面白い作品を作りたいなら、そうなるような考えを持つと同時に、それに関係のない考えやそれを邪魔する考えは捨てた方がいいよ。
例えば、「批判コメントは駄目」「コメント者のモラルが~云々」「素人の提案うぜー」こういった自身のプライドを大事にするような考えは面白い作品を作る際の邪魔になるので意識して捨てて行った方がいいよね。
自分のプライドは頑張ってなるべく捨てて「どう思ったか詳細教えて。何でも喋って」ってプレイヤーの意見をガンガン拾いに行った方がいい。
自己理解の段階
目的に愚直になればいいと言ったけど、では目的が「面白い作品を作りたい」の場合は具体的にどうすればいいのか?の話をしようと思う。
結論を言うと、自己理解を深めること。
この話は意外にも深い。
まず、自己理解の段階は3つに分かれると思う。
- 自分の好きを周りに説明できない
- 自分の好きを周りに納得させられるよう説明できる
- 天命を知る
①
最初の段階は「自分はこれが好き」という意識はあるものの、何故それが好きなのかを言葉で説明できない。
そういう人は意外と大勢いるよ。
例えば、脳裏にドラマチックな場面が浮かんで「これだ!」と思い立ちその場面を作ったとする。
キャラが泣き、怒り、ド派手なエフェクトが飛び交うご立派な場面が出来上がった。
それをプレイしたプレイヤーはこう言う「前後が繋がってなく、演出が空回っている」と。
作者ぴえん!
ゲーム中のキャラが喋ってくれたらなんか面白そう。
そうだフルボイスにしよう!
それをプレイしたプレイヤーはこう言う「声要らないです」と。
作者ぴえん!
こういうの冗談じゃなく本当によく見るよ。
プレイヤーが何故こう言うのか?
それは作者が自身の感じた面白さを他人に伝わるように説明できていないからだよ。
プレイヤーのそれぞれのご批判は「何でここでキャラが泣いているのか分かりません」「何で派手なエフェクトを使用しているのか分かりません」「何でフルボイスにしているのか分かりません」(面白くなってないのに)ってことですよ。
作者は面白いと思って実装しているつもりなんだけど、その感じた面白さを他人に分かってもらえるように実装できていないってことね。
じゃあ、何でそれができないのか?
それは、自分でも何でそれが面白いのかの理由を理解していないからだろうね。と思うよ。
それかもしくは技術的な問題もあるかも。
②
次の段階は「これ面白そう」と思った時、何で面白そうなのかの理由を周りを納得させられるレベルで説明できる状態。
この段階の人たちが作る作品は概ね好評だと思うよ。
「これは絶対こうしたい」「これはこうでなくてはいけない」といった強い気持ちがあるなら、特にいいね。
何でかって言うと、その強い気持ちを持つに至る背景があるはずだからなんだよね。
過去何かで失敗したので次はああしよう、過去成功したので次もこうしよう、そういった経験の積み重ねがあって「これはこうする!」って強い気持ちが生まれているんだとしたら、その強い気持ちに従えば成功することは過去の自分が実証済みだよね。
でもって、人はその強い気持ちのことを価値観と呼ぶんだよね。
価値観に従うのは周りに受けて一見いいように見えるけど、実はこれには罠がある。
次の天命を知るの項で詳細に触れようと思う。
③
次の段階は天命を知った状態。
宗教勧誘とかじゃないから安心して聞いてくれ。
先ほど強い気持ちがあるなら尚良いと言った。
これは価値観に触れる部分だ。
ちょっと長いけど価値観についてはある程度ちゃんと説明しておかないと先に進めないので書いておこう。
人の価値観の基礎部分は大体幼少期に出来上がる。
激しく感情が揺れるような衝撃的なエピソードが何らかあって、「この経験は重要なものなので後の人生においても参考資料として使おう」と本能が判断する。
しかし、このエピソードはたいていの場合ネガティブなものだ。
このブログでは何回も言ってるんだけど、人の感情とは生存率の高い方へ導くお知らせ機能のようなもので、生存率の下がっている状態になると不快な感情を発生させて居心地を悪くし、その状態を脱させようとする。
生存率が上がっていると心地よい感情を発生させてその状態を維持させようとする。
これは生存本能による働きなのね。
で、「これは重要なので後の人生の参考資料にしよう」というようなエピソードってどんなエピソードかっていうと、「下手したら死ぬぞ!!」っていうようなエピソードな訳ね。
じゃあ、それは生存率の下がるものということで、不快な感情がともなう基本的にはネガティブなエピソードな訳。
例えば悪戯して近所のおじさんとか親とかに滅茶苦茶叱られたとかね。
あ、説明してなかったけど群れから外されるのは生存率激減するんで、生存本能がめっちゃ反応する事柄よ。
石器持ってウホウホやってた時代は 孤独=死 だったみたい。
本能はその時からほとんど変わってないらしいんだ。
なので親から嫌われる、近所の仲間から嫌われる、社会から外される、そんなことを連想するような事柄は生存本能によって基本的にネガティブに捕らえられるのね。
さて、前提知識の説明の部分が長かったけど話を戻そう。
強い気持ちに従って作品を作る、あるいは何かを実装すると、それは基本的に成功すると言ったけど、その強い気持ちは直接的ではなくとも、必ず上記の価値観に紐づいて生まれているはずなんだ。
もちろん、この価値観のエピソード部分に近づくほど、より気持ちは強くなるはずだ。
「これは絶対にこうじゃなきゃダメ!!」ってなって来る。
自分の強い気持ちを知るために、自分の持っている価値観を知ることはとても大事なんだ。
しかし、一歩踏み込んで考えてみて欲しい。
選択肢A~DがあってBをやって失敗して「Aじゃなきゃダメでしょ」って叱られたとしたら「Bは駄目だ。こういうのはAじゃなきゃ」「Aこそが至高」「Aが大事」って価値観が生まれそうだよね。
でも、そもそも何でBを選んだの?
これめっちゃ大事!!
何か理由があったはずなんだよ。
それが何かは分からないけど、たぶんBが一番ワクワクする、Bをやったらどうなるか気になる、そんな気持ちがあったんじゃないかな?
「Aが大事」「Aこそが至高」っていう価値観に従えば失敗はしないし、多くの人が賛同してくれるよ。
けどそれはBを選ぶワクワクを殺してる。
そして、元々の自分の気持ちはBを選んだワクワクの方だ。
「Aが大事」「Aこそが至高」っていう価値観も間違いなく自分の考えや気持ちではあるんだけど、でもこれは社会に迎合して長生きするするため、生存本能によって後から作りだされた考えであり気持ちなんだ。
そこに対して自分の熱意は湧かないんだよ!!!
びっくりマーク3つも使っちゃった!!!
で、後から作った価値観で蓋をしていた部分、Bを選んだワクワクのような、こういったものの中のどこかに天命が眠ってる。
もちろん、天命を抱えているのは作者だけじゃない。
プレイヤーもみんな生存本能によって自分の本来の気持ちに蓋をしている。
「危ないからやったらだめ」「迷惑だからやめなさい」そうやってみんな自分の本当の気持ちに蓋をしている。
でも、ゲーム世界に「危ないからやったらだめ」とか「迷惑だからやめなさい」とかは関係ないから創作は本当の気持ちを刺激するのに滅茶苦茶都合がいいんだ。
もしあなたが、どんな価値観がどんな本心に蓋をしているのかを理解していたとしたら、同じく自分の本当の気持ちに蓋をして普段を過ごしているプレイヤーへ、本当の自分の気持ちを呼び覚ますような体験を意図して提供できるようになる。
面白いって次元を超えて、きっとその人にとって忘れられない作品になるよ。
だって人はそれを追い求めてエンタメを消費している節があるからね。
ちょっとおまけの話。
実は過去にもこのブログで同じようなこと言ってて、誰かに刺さればいい?の記事でも書いている内容なんだよね。
その記事ではもの事は 自己理解→他者理解→自己理解 の順で深まるって書いたけど、この記事の自己理解の②って実は他者理解とほぼイコールなんだよね。
自己理解を深めるために
上の項で自己理解を深めるとよいことを述べたね。
より感動する、いや、もしかしたらそれに留まらず人生のバイブルとなるようなものを作れる可能性すら自己理解は秘めているわけだけども、じゃあどうすれば自己理解を深めることができるのか。
自己理解を深めて是非とも天命を知りたいものだよね?
でも、生存本能によって作られたとはいえ、価値観に従った気持ちも自分の気持であることに違いないから、何が本当の自分の気持ちなのかっていうのは自分で判断するのがものすっごく難しいんだ。
地道に価値観の元になっているエピソードを思いだしていくしかないんじゃないかな。たぶんね。
その為の方法の一つは瞑想だね。
思い込みを過信するなかれぇぇの記事で書いた通り。
もう一つは自分に問いかけることだと思うよ。
要は奥の方にしまい込まれているネガティブなエピソードを引っ張り出せばいい訳なのでね。
シナリオの作成なんかでね、「このキャラはこの時どういう気持ちだろう?こうかな?それは何で?何で?」こう、自分に問い続けるだけでもいいんじゃないかな。
俺の体験談ではあるんだけど、仕事を辞めて創作に専念して半年くらい経った辺りから、毎日瞑想30分していたころとは比じゃないくらい、昔の嫌な記憶をたくさん思い出してる。
作家でメンタルを病む人をたまに聞くけど、その一因にきっとこれあるわ。
以上、最近思ってることでした。
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