どこまで移民を受け入れるか
大事な大事な選挙期間中なんで、ちょっとだけお堅い話をさせてください。
ちょっとだけにしますから。先っちょだけ!
左翼思想の多様性みたいなやつって一理はあると思うんですよ。
「色んな人みんなで仲良くしましょうね」っての理想だと思うし、そこを目指すべきだとは思うんだよね。
何でかっていうと、社会って生きるために協力し合いましょうっていう協力者の集団のことをいうからだね。
集団が大きければ大きいほど協力の効果も基本的には大きくなるから、「色んな人みんなで仲良くしましょうね」が成功すると協力による恩恵も大きくなって、みんなが効率よく生きていけるってわけ!
でもね、「みんなで仲よくしましょう」っての、誰でも出来る訳じゃないんだよね。
「よく知ってる顔なじみの知り合い2人と仲良くしましょうね」とかだと簡単。それは協力できる。
これが、「じゃあ30人と仲良くしてね」ってなってくると30人の中にはいろんな人がいて協力の難易度が上がって来る。
協力が難しいケースってのもたぶん出て来る。
例えばだけど、幼稚園の遠足で30人を引率していたとしたら列をはみ出る子の1人2人くらい出て来るものでしょ?
1,2人の引率ならまだ制御できそうなもんだけど30人にもなるとそれをまとめる先生は大変よ。
"みんなで仲良く"は理想形で、それが社会の目指すところではあるんだけど、色んな考えを持った人や人数が増えると協力の難易度って上がってくるんだ。
じゃあ、色んな人が増えて協力の難易度が上がって、思うように協力できなくなってしまったらどうだろう?
結論としては、協力の恩恵が得られなくなってしまうよ。
さっきの遠足の例えで言うと、列を止めてはみ出た子を整えてからじゃないと進めない。
その間みんな止まるので皆迷惑する。
先生1人で集団をまとめられるというところに効率化があったわけだけども、頻繁に集団が止まっていては効率が悪いよね。
1人だったらススっと進めていた子もいるだろうに。
もっと酷くなると引率の先生が「先生はもう無理だ。各々で行ってくれ」とさじを投げるので、各々自分の身を自分で守って進むことになる。
そんな感じだね。
安心して仕事を任せられず、自分を守ることに力を割かなきゃいけなくなるんだけど、"自分のことは自分で守る"って結構なコストだよね。
なるべく大きな集団にした方が協力の効果が大きいので大きな集団にしたいけど、でも大きすぎると協力体制が維持できなくてコストの方が大きくなって逆効果になっちゃう。
なので行政とか司法とか、社会のシステム部分で「このくらいなら色んな人を受け入れても協力し合う体制(社会)は維持できるから、ここまでは受け入れるよー」ってのを調整して行かなくちゃいけないんだ。
今、保守の議員さん達が必死に「移民はもう無理です」と言っているのはそういうことだと思うよ。
協力体制(社会)を維持するために調整しようとしているだけで、決して排外主義なんかじゃない。
で、繰り返すんだけど、最終的には「みんなで仲良く」を目指すので、そこは左翼の人も正しいと思う。
だけど、いきなり「みんな集まれー」は上で説明した通り現実的に無理なんだよね。
じゃあどうやって「みんなで仲良く」を達成するのか、そのやり方の議論が必要なんだと思うけど、その議論は落ち着いてからゆっくりやろう。
とりあえず今は移民を止めないと、もう社会が持たないからね。
選挙に行こうね。
迷ったら日本保守党をお勧めしておくよ。
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